2013年03月27日

病気が治ったきっかけ

プロフィールにしか載せてなかったので、
記事にしました(笑)

こっから、大学卒業まであと何年かかるか分からないので(笑)


きっかけは、塾の休み時間に人前でおならをしてしまった事でした。
今まで、人前でおならをしたことはあったのですが、音のある「おなら」をしたのは初めてでした。

そこから、人前でまたおならをするのではないか?という恐怖に支配されるようになり、塾でおならを頻繁にするようになりました。

しかし、中学生の頃は塾の時だけで学校や遊びに行く時などでする事はありませんでした。

そして、高校受験の終了と同時に塾をやめると、すっかり症状の事を気にしなくなりました。

病気になり、常にその事を気にしていたので、病気が治ったと思いこみ、解放感からか性格が凄く明るくなり高校に入学するまで毎日のように遊んでばかりいました。

それは、高校入学をしてからも続き、

もしかして、俺って高校デビューできたんじゃない?

と思い、凄く楽しい日々を送っていました。

そんな日々が続くと思っていたGW明けのある授業で、隣に座っていた友人がおならをしたのを聞いてしまいました。

その時は、昔の自分もよくおならをしてたっけって感じに思っていたのですが、ここからが悪夢の始まりでした。

・授業中もおならが出る
・遊びに行っても出る
・人前にいると何をしていてもおならがでそうになる

といった感じに症状が悪化していき、最悪な高校生活を送ることになりました(笑)

おならの事ばかり気にしていたので、もちろん勉強が出来ているはずもなく、
大学に行くために浪人する事となりました。

その浪人生活は、もう人前でおならを気にする必要がないんだと思い、
解放感で夏までは何も勉強していませんでした。

家にほぼひきこもり、ずっと「サカつく」というゲームをしたりして過ごしていました。

しかし、9月位になりこのままだと絶対に大学にいけないと焦りだし、
1日10時間以上勉強するようになりました。

そのおかげか大学に1校だけ受かる事が出来て、見事に大学生となる事が出来ました。

大学1年の頃は、浪人時代に人とほとんど話していないために、人とのコミュニケーションが
全く分からず、サークルには所属だけして、ほとんど友達のいない大学生活を送っていました。

病気については、大学は単位は結構簡単にとれるもので、
症状が出そうと思ったら授業に行かずに休んだり、
出席が必要ない授業にもほとんど行きませんでした。

でも、試験前だけ友達を作り、その人のとったノートをコピーして試験に臨むという
ダメダメな大学生を送っていました。

そして、大学1年の春休み。

数少ない友人がバイトを紹介してくれました。

そこは、ネズミ講みたいなことをやっているバイトでした。

基本は、派遣のバイトをするのですが、その派遣のあっせんをやっているのが怪しい人達で、
この怪しい人達に新たに人を紹介する事ができたらどんどん地位が上がっていく仕組みでした。

この怪しい人達が新しい事業を始めるから、その為の幹部候補生が必要だ!
この新しい事業は、絶対にもうかるから幹部候補生になった方がいい!

という感じで勧誘をされたと思います。

5人紹介したら時給があがり、10人紹介しても時給があがり、
20人以上紹介できたら派遣のバイトをほとんどせずとも月に20万円ほどもらえるようになり、
幹部候補生になれるって形でした。

地位が幹部くらいになると、外車を買ったり、
多分月に100万円くらいはもらっていたのではないでしょうか?

そのかわり、最低時給で毎日のように働かされました。

それと、毎日のように
「今日は何をしている?」
「バイトやらないの?」
等の電話や

いつまでに何人紹介して実際にバイトに入れれるかのノルマを書かせて、
それが達成できないと毎日のように催促の電話をしてきました。

またそれを達成させるために、毎日のように会社に来させて終電前まで
ノルマ達成の方法の講義を受けさせられました。

また、実際にノルマを達成しても、時給が上がらなかったり、なんくせをつけられる人が結構いました。

自分達みたいな地位が低い人をたくさん働かせ、もうけさせる仕組みなんでしょう。
幹部候補生の椅子はあと少ししかないから、もっと競争させるみたいな事も言っていましたし。

実際に、大学を辞めてまでもこれにはまる人もいました。
幹部候補生になったら、絶対に金持ちになれるってな感じで。

一種の洗脳ですね。

当然のようにそのバイトが嫌になり、春休み中でやめました。

やめた時に、みんなはこういう経験絶対してないよな。
だったら、これを経験できた俺って凄いんじゃない?

という謎の理論が自分の中で完成し、自信がついて積極的になり症状も良くなってきました。

それから、大学3年の夏までには、サークルのイベントの幹事をやったり、
毎日のように飲み歩いたり、インターンにいったり、彼女を作ったり、
2つほど新しいサークルに入り、最終的には自分でサークルを作るまでになりました。

が、3年の夏に色々やりすぎたせいか、心が折れてしまい3カ月くらいほぼ引きこもってしまいました。

そのせいで留年しました。

引きこもりから回復はしたものの中々昔のような状態にならず、ずっと心の中でもやもやしていました。

そして、また2カ月ほど引きこもってしまい、もうこれではダメだと思って
9年目にして両親に泣きながら病気のことを話し、
2011年の10月から森田療法という治療法を行っている病院に通院しました。

4カ月ほど通院すると、社会から隔離されているし、一体自分は何をしてるんだろうと思いだしたり、
刺激がなさ過ぎてつまらねぇ〜と感じ始めました。

そこで、1カ月間きちんと通院出来たら
退院しますと先生に言いました。

きちんと1か月通院した後、先生に相談すると、
「症状も良くなったから、もう通院しなくて大丈夫だよ」
と言われたので、通院をやめました。

そして、通院がおわるとすぐにバイトを探し始め、見事バイトの面接1回目にして、
居酒屋のバイトが決まり、1年間続けました。

退院から就職までの1年間は、リハビリ期間と自ら称して
「とにかく続けること」「結果を出す事」を意識して生活しました。

この2つが病気を完全に治す自信につながると考えたからです。

続けることが一番の課題だったし、
結果を出さないと周りの見る目が変わらないと考えたからです。

色々大変なこともありましたが、
簿記2級や剣道初段、大学卒業、バイトを1年続けるなどし
最終的には内定を頂き、フィリピンに留学するまでの状態に持ってきました。

多分、病気とは一生の付き合いになると思うので、治ったとは言いません。
ただ、社会生活を人並みに送れるようにはなったと思います。

次の課題は、「病気である自分」という意識からの脱却です。

今までどうり、のほほんと頑張りながら
何かしら新しい行動をしていって、自分を変化させていこうと思います。

行動をしていけば、周りが変わるし、
最終的に自分が変わる事につながると信じているので。
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posted by 丸 at 17:31| Comment(0) | どうでもいい話
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