2012年05月24日

逃げぐせのお話〜高2の1学期の話〜高2−3

昨日、大学の授業で
「ドグラ・マグラ」
の映画を見た。

日本3大奇書とか
書いている内容を理解できると気が狂うとの
噂があるほどの本が原作。

本は、始まりが

胎児よ
胎児よ
何故躍る
母親の心がわかって
おそろしいのか

から始まるのですが、興味があったら読んでみたり、
映画を見てください(笑)

内容は、意味が分からないです(笑)
まだ、前半しか見てませんが、説明がやりづらいほどに
意味が分かりません(笑)

いや、面白いは面白いですけどね。
精神病患者の事件の話だし。

ただ、意味が分からん・・
本当におかしいっていうか狂っている物を作りだせるのは
本当にまっとうな人しか作れないのかなぁと思います。

ただ、映画を見た中で印象に残っているのは

「どの人も精神病で、その度合いがひどくなると狂人となる」

とのフレーズ。

これって、最近俺が考えだした

「みんな病人だけど、日常生活が送れなくなったら病名がつき、
日常生活が送れたら普通の人として扱われる」


という説と一緒じゃん(笑)
俺も、これで一歩本当の狂人への道を歩き始めたかな(笑)

ていうことで今回の逃げぐせのお話。

まぁ、高校1年生の頃から授業でおならをしまくっていたのですが、
毎日毎日行きたくねぇ〜と思いながらも、行っていました。

で、高2のある日っていうか、身体測定の日。

学校に行きたくない気持ちが強かったのと、身体測定だし
授業時間も減るし、行かなくてもいいかぁという
本当に何気ない理由で学校を休みました。

まぁ、休んだ日は爽快でしたね(笑)

あんなに皆から変な目で見られ、
恥ずかしい思いと自分へのいら立ちと悲しさと
その他色々な負の感情を抱える場所に行かなくて良いのですから。

結果的には、これが間違いでしたね。

1度休んでからというもの、
自分の行きたくない気持ちが強い日には、
学校をサボるようになります。

親に、この時は病気の事は言ってなかったので、
内緒でサボっていました。

サボってやる事といったら、初めはブックオフで
午前中立ち読みして、午後に家に帰るって事をしていました。

でも、そんなに立ち読みするマンガもないんですよね(笑)
しかも、3時間くらい立ち読みするのも疲れる(笑)

なんで、次第に映画館に行くようになりました。
この高2の時期は、映画にはまっていて、
毎月1回以上は映画館で映画を見ていました(笑)

で、サボる時に行く映画館というのは、平日でも休日でも
10人いるかいないかの人しか来ないところだったので、
人目を気にせず見に行きました。

とまぁ、こんなことをしていたのですが、
徐々に楽しくなくなるんですよね。

初めは、凄い爽快感があったけど、
段々と学校をサボって自分は何をしているんだろう?
と罪悪感を抱くようになりました。

休むたびに、学校に行く以上に心が疲れるようになっていましたが、
それでも学校に行きたくないので、たまに休むのは卒業まで続きます。

こんな事をしていたので、本当は出席日数が足りなくて
進級できないほどでしたが、何故か進級は出来ました(笑)

で、この時から始まるのが、嫌なことから逃げ出す癖=逃げくせ
ですね。

自分の心の中にあるはずの物事に立ち向かう心を
自分でズタズタにぶち壊したので(笑)、
嫌な事があると逃げずに立ち向かえなくなりました。

なんかストッパーがないんですよね。

良い方向にも悪い方向にも両極端になってしまいます。
常に動き回っている振り子みたいなもんです(笑)

その場に立ち止まって、何かし続けるっていう事がなくなりました。
忍耐力とか継続力がなくなってしまいました(笑)

で、常に動き回るという行動力みたいなものは、
家庭教師の人から受け継いでしまいましたが(笑)、
それはまた今度書こうと思います。

行動することと継続出来ない・忍耐出来ないという
常に何かし続ける事と
何かをすぐにやめてしまうという

二つの思考というか行動形態をもってしまったので、
ストッパーのない振り子みたいになってしまいました(笑)

何か出来事が起こると、それに呼応して振り子が揺れて、
また違う方向に向かいだすっていう。

昔の中国の偉い人が
何事も中庸が一番 とか言っていましたが、
本当にその通りですね(笑)

アリストテレス的に言うと、
過大と過小の両極端を悪徳とし、徳は正しい中間(中庸)を発見して
これを選ぶことにあるってことになりますが、

極端の方向にいってしまうと、
自分が向かっちゃった極端の方向の意見しか受け入れられなくなりますが、
常に真ん中だとどっちの意見も受け入れられます。

だから、両極端のいいところだけをかすめ取って(笑)、
良いように人生を送れるのかなぁと。

でも、それが難しいからこそこの言葉が残っているのであって、
誰もがなにかしら極端の思考をもっているからこそ
誰もが病人なんだなぁと思います。

そこで、初めに自分が言った誰もが病人説につながりますね(笑)

で、その極端の方向に良い方向にいきすぎると、
道を極めることになって、

悪い方向にいくと、
狂人になるってことですかね。

常に中立で良い意見を選んで生きるのも
極端に生きるのも大変だということですね。

多分、良いようにまとめられたはず・・(笑)

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posted by 丸 at 18:38| Comment(0) | 病気との闘い 高2編
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